趣味の人は上手くなりたいと思っちゃいけないの?

「上手くなる必要なんてない」に対して思うこと

例えば「ピアノが上手くなりたいです。何をすればいいですか?」みたいな質問に対して、「プロにでもなりたいんですか?上手くなってどうするんですか?趣味なら上手くなるより楽しむ方が大事です」みたいな回答が寄せられることってよくある。

でもそういった風潮に対していつも疑問を感じるのですけど、

「楽しめるようになるためには、最低限の上手さは必要じゃないの?」

趣味だとしても、下手であればあるほど楽しくなくて、上手であればあるほど楽しいと思うのですけど、違うの?

例えば私は子供の頃に町内会の行事で野球をやらされたけど、バットなんて振り方もわからなくて当然ボールが当たるはずもない。ライトを守ってたけどフライなんて恐くて捕れない。誰かにボールを投げようとしても力がなくて届かない。という具合で、楽しむどころか恐怖行事以外の何物でもなかったですよ。

これが、守備が普通にできて、たまにヒットが打てるぐらいのレベルなら楽しさを感じることもできると思うし、もっと打率が上がったりホームランが打てたら更に楽しくなるだろう。

フライが飛んでくるのが恐い、バットにボールが当たらない、そんな状態では楽しさなんて感じられるような精神状態にならんでしょ。打席に立つのが恥ずかしい。ライトにボールが飛んできませんように…。この行事来年もあるのかなあ。ああ、やだなあ…。その流れで「もっと上手くなりたいなあ」って思うのは当然では?

ピアノに関しては一応楽しいと思える水準には達していると思うけど、もっとミスなく弾けたらな~とか、もっと指が速く動いたらな~とか表現力があったらな~とか思いますよ。だってその方が今よりも気持ちよく弾けるだろうし、気持ちよく弾けたらピアノがもっと楽しくなると思ってるから。

「上手くなりたい」っていうのは「もっと楽しめるようになりたい」と同じ意味で、それなのに「趣味なら上手くなる必要はない。楽しみましょう」って、激しく矛盾してるやんといつもモヤモヤするんですけど、私だけなんかな。

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