プロピアニストはすごいと思う点

演奏技術がすごいのは言うまでもない。高度なテクニックを要求される曲を、高い完成度で演奏できる技術。曲に応じてさまざまな表現を使い分ける技術。それは言うまでもなくすごい。

しかし、私が個人的に一番すごいと思うのは、継続的に舞台に立つことを仕事としてやっている点だ。

先ほど、ピアノサークルの発表会が終わった。出来はまぁ…(察し)という感じであったが、先ほど家に帰ってきて、ようやく終わったという安心感や、もっとああするべきだったなという反省や、次の曲のことなどを考えている。

6月にあった教室の発表会と同じ曲を弾いたのだが、この3ヶ月間、曲の維持がとても大変だった。まず、教室の発表会で弾いた時点で一度、頂点に達していた緊張の糸のようなものが切れる。私の中ではテンションも完成度も発表会が頂点であり、発表会を過ぎればその曲はもう過去の曲であり、あとは落ちていくだけというのが常である。教室では次の曲もやらなければならない。そんな中、3ヶ月間、サークルの発表会に向けて、一度過去の曲判定された曲を、ずっと現在の曲として維持し続けないといけない…。暗譜も忘れないようにしないといけない…。それがとても精神的にきつかった。

しかしプロは、一度人前に出せばそれではい終わりというわけにはいかず、次の演奏会や、演奏の仕事に向けてずっとクオリティを保ち続けなければいけない。しかも、1曲ではなく、10分を超えるような曲を何曲も同時に持っている。1曲を3ヶ月間持っているだけでも、気をずっと張りつめていることが精神的に負担だったのに、いくつもの曲を、何ヶ月、あるいは何年も持っていなければならないというのは、想像を絶する。

曲だけの話ではない。

発表会の日は、女装をして、化粧をして、パンプスを履いて演奏する。私は普段からとにかく怠惰な性格であり、髪も、服も、靴も、何もかも「楽であるかどうか」を基準にしている。そんな私でも、発表会となれば身を引き締めて人前に出られる格好にならなければならない。まずそのこと自体がとても緊張する。ひとたび着替えたら、靴で女装を踏まないかどうか、裾をどこかに引っかけて破けたりしないか、リボンがほどけていないか、化粧が落ちていないか、インナーがチラ見していないか…など、身体を少しでも動かすたびに、発表会用の自分が破綻していないかどうかを気にしなければならない。コンディションをできる限り一定に保つため、食事や水分摂取にも気を使う(私は何も飲食しない)。さらに、本番が近づくにつれ、突然お腹が痛くなったらどうしよう、なんかトイレに行きたいような気がしてきた…など、普段より自分の体調の変化に敏感になり、さらに緊張する。そして演奏が終われば、ようやく緊張を解いて普段の自分に戻れる。こんな大変なことは、二度とごめんだ…と思う。

しかしプロはこんなことを年に何回も、何年もやっている。しかもプロは私のようになんちゃって女装ではなく、ちゃんとしたドレスで、髪のセットもしている。すごいとしか言いようがない。曲だけでなく、舞台に立つ用の自分も維持しなければならない。私のように、1度やればしばらくは休憩、ではない。この緊張状態の継続を仕事としてやっているのだ。すごすぎる。

もし仮に、どんな曲でも自在に弾きこなせる演奏技術が手に入ったとしても、私はこのプレッシャーには絶対に耐えられない。現に、発表会が終わった瞬間、疲れから頭痛に襲われている。私はもう、この曲を人前演奏できるレベルで維持しなくて良い。でもプロはそうではない。改めて、プロとして舞台に立つ仕事をしている人に、尊敬の念しかない。ということを思ったピアノサークル発表会であった。

いいね!と思ったらぜひハートマークをポチっとお願いします!励みになります♪
読んだよ! 読んだよ!
読み込み中...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です